技術篇
第十三講

興味が果てしなく広がっていく
DNAリーディング

ひとたび本と出会うと、そこから次々と出会いが広がっていくものです。

今は便利なものがあって、インターネット書店最大手のAmazonでも「この本を買った人は、こんな本も読んでいます」という表示が出ますよね。

まとめ読みでオーソドックスな方法は、その本に興味を持ったら、後ろに記載されている参考文献を片っ端から読んでいくことです。それがたいへんなら参考文献の中から、読みたい本を選ぶのです。読書が広がっていく。広がるということは、テーマの理解度が深くなるということです。

たとえば、自分が関心を持っていない「簿記」や「会計」といった分野の本は用語からしてわかりません。貸借対照表なんていわれてもなんのことやら理解ができない。ですから、読んでもなかなか先に進まない。いわば外国語の本を読んでいるようなものなんです。

でも、人に聞きながらでも、苦労して1冊読む。最初の入門書にはいくら時間をかけてもいい。なるべく簡単な本。選び方も大切。いきなり難しい本で挫折した例はいくらでもある。

次には少し難しい本を読む。ちくまプリマー新書とか岩波ジュニア新書なんか。高校生なんか意識して書いてある。あの手を読んでいくと、最低限の基礎知識、言葉の説明ぐらいは分かる。最低限の武装をして、次の入門書に入る。大人の入門書に。そしてまた次の入門書へ。だんだん少しずつ武器を増やしていって、どんどん難しい本に入っても、知識が増えていくから読めるようになる。

私がDNAリーディングと名づけている関連図書の読書法があります。いわゆるテーマ別リーディングなのですが、具体例で紹介してみます。

私は「法則」という概念について興味を持ったとします。これを探究しようとしたときにどうするか?

私は「引き寄せの法則」の関連本を片っ端から全部読みました。ジェームズ・アレンの『「原因」と「結果」の法則』『ザ・シークレット』『思考は現実化する』『ザ・マスター・キー』などを読んでいくと、「引き寄せの法則」自体は、どうもキリスト教のプロテスタント運動に源流がありそうだということに気づきました。

もう1つは法則主義的な法則さえ納めておけば、無駄なことをしなくて済む。これはどうもマルサスとかダーウィンからきているんではないか。マルサスは『種の起源』の愛読者であったし、ダーウィンは、マルサスの『人口論』を読んでいたのです。

こうした方法論で見ていくと、たとえ「法則」といった得体の知れないものであっても、その尻尾だけでも掴むことができるようになります。

経営者の本を読むと、松下幸之助さんや稲盛和夫さんも倫理を説いています。それは原点を探っていくと、日本の儒教や武士道に行き着くのです。そして、その原義をさかのぼっていくと、中江藤樹がいて、さらにその先に王陽明がいて、そのまた先に老子がいて、最後は孔子にまでたどり着くのです。

文学の場合でもそうです。2009年は松本清張の生誕100年にあたりますが、松本清張の同時代人が太宰治で、じつはこの2人は同年生まれなんです。これは意外な印象を受けるかもしれません。しかし、2人とも芥川龍之介の大の愛読者で、芥川龍之介に憧れていたという共通点があります。

2人の原点ともいえる芥川龍之介は、志賀直哉を非常に意識していた。志賀直哉は夏目漱石を意識していた。夏目漱石は滝沢馬琴を意識していた。辿っていくと私が尊敬する吉田松陰にたどり着きます。

吉田松陰は、幕末の儒者、佐藤一歳を尊敬していて、佐藤は中江藤樹を、中江は陽明学だから王陽明を……はてしなく続いていって、王陽明は孟子、孟子は孔子と源流がわかるわけです。

その前に枝葉はさらに細かく分かれていて、たとえば漱石は、スイフトの「ガリバー旅行記」や『ロビンソン・クルーソー』などから多大な影響を受け、それは「吾輩は猫である」にも影響を与えています。

そして、『吾輩は猫である』の正体は、一種の百科事典、正確に言えば世界文学事典です。

『猫』は漱石の処女作ですが、そこには『ガリバー旅行記』『ロビンソン・クルーソー』『トリストラム・シャンディ』など、漱石が愛読していた英文学の名作のエッセンスがふんだんに詰まっています。また、ドイツ文学ではホフマンの『牡猫ムルの人生観』、さらにはロシア文学であるトルストイ『イワンの馬鹿』の強い影響も見られます。どこがどうだと具体的に指摘していくのはキリがないので控えますが、とにかく漱石は『文学論』の小説版として、『猫』を書いた可能性があるのです。それだけではありません。『猫』には、漱石が愛した江戸落語(「やかん」「そうめん」など)がふんだんに引用されています。漱石は、自作の小説という玩具箱に、自分の愛用している玩具(小説・落語)をどんどん放り込んでいったのです。

そういうのを1回きちんと読んでおくと、見取り図になる。目次と同じで、もっと大きな目次と思ったらいい。今自分が読んでいる本、著者、考え方の源流はどこにあるのか。人類史的に見て、思想史的にはどのへんにあるのか知っていたほうがその作品についての理解度は格段に深まります。

漱石の代表作の1つに『草枕』がありますが、これは蕪村の俳句の世界を小説化したものだとされています。漱石は蕪村に憧れていたのです。蕪村は芭蕉を師と仰いでいました。

「俳聖」と呼ばれた芭蕉は、「歌聖」と呼ばれた西行を敬愛していました。

西行 → 芭蕉 → 蕪村 → 漱石

とつながってゆくわけですが、このDNAの鍵として「月」があると思います。

「月の色に心をきよく染ましや 都を出(いで)ぬ我身なりせば」

これは西行の歌です。西行の歌集『山家集』を見ると、月の歌が115首も入っています。この数は、歌集の常識を超えた多さです。

とくに、上の歌は、西行が都を出て出家する時のものだと伝えられています。彼の人生における最も重要な場面に月が関わっているというわけです。西行が「歌聖」なら、「俳聖」といわれたのは芭蕉です。芭蕉もおびただしい数の月の句を詠んでいます。

たとえば、「名月や池をめぐりて夜もすがら」など、芭蕉の全発句937句のうち月を詠み込んだものが1割以上の106句におよんでいるのです。ちなみに、太陽を詠んだものはわずか数句にすぎません。

「月」を愛でるDNAは、蕪村や漱石や志賀直哉、芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫へと受け継がれてゆきますが、現在のところ、このラインのアンカーは村上春樹です。村上春樹の最新作『1Q84』では、奇妙な2つの月が登場します。

DNAリーディングも、自分の心にマップやインデックスを作って、今読んでいる本や著者はどのへんに位置するんだというふうに、時間軸と空間軸でマッピングするのです。マッピングしてとらえてしまえば、その思想も上手くとらえることができます。

テーマ別横断読書というのは空間軸です。上記の例でいうと、法則というテーマを片っ端から読んでいく。引き寄せの法則を全部読むとか。水平思考。遡ってそのアイディアの源流を探っていくのは、垂直思考。縦糸と横糸があって、思考は深まります。

そうやってみれば、四大聖人も、やはり原点は西洋思想というのは、ソクラテス、アリストテレス、プラトンなどのギリシャ哲学と、あとはヘレニズム、ユダヤ教、キリスト教、その2つのミックスの仕方だから。旧約聖書とプラトンをしっかり押さえていれば、あらゆるバリエーションの西洋思想がわかっていきます。

東洋思想は、仏教と儒教。あとはヒンドゥー教の「バガヴァッド・ギーター」を押さえておけば、あと各地の神話。原点を知っておけば、このバリエーションで、この枝葉だなとこれもまたわかります。

読んでいる本を完全にものにしたいときの方法論。時間軸と空間軸で遡っていけば、完全にあなたのものになります。浮き彫りにするとはそういうことなのです。