技術篇
第七講

読み返しの作法

内容を忘れてしまうのは当たり前


「本を読んで、そのときは役に立ったような気がしても、数カ月たつと、ほとんど内容を忘れています。一条さんはどのくらい内容を覚えているのですか?」

そう訊かれたことがあります。

じつは私だって、ほとんど忘れてしまいます。ここ数年は年間700冊超読みますから、月に60冊弱、1日に2冊ペースです。これをすべて覚えていたら、超人的知識人になれるところでしょう。でも、残念ながら、私にはそんなケタ外れの能力はありません。

せいぜい「あの本にはああいったことが書いてあったかなあ」とぼんやりと記憶している程度です。

でもそれで充分なのです。本当に必要性を感じたときに、再読をすればいいのですから。

それも、ただ赤線を引いた箇所を読んでゆくだけです。私は前述のとおり、本に赤線を引き、その上に「*」印や、「**」印をつけています。

内容を忘れたと思ったら、本を開いてざっとページを繰ります。

すると、該当箇所を見つけ、赤線や*の部分を見ることで、さまざまなことが思い出されるものです。指でページを繰るという行為がさまざまな記憶をよみがえらせているかのようです。

「そういえば、この数ページ前に気になっていたフレーズがあったなあ」

「第2章の論旨にはちょっと違和感があったんだよなあ」

――読書というのは、目の運動であると同時に、指の運動でもあります。指が記憶しているということもあるのです。一種の身体論とか武道論に近い読書論かもしれません。

【もう少し掘り下げたい】


指が記憶を連れてくる


私は1年に1回、『論語』を読み返しています。普段は忘れている内容もありますが、年に1回、誕生日に『論語』を手に取り、ページを繰った瞬間に次から次へと内容を思い出していきます。茂木健一郎氏ではありませんが、私の脳内にある『論語』のクオリアが突如として立ち上がってくるのです。おそらく、本に触れた指の感触が、読破した瞬間の記憶を呼び起してくれるのではないかと推測しています。同様の現象は、『論語』のみならず、『聖書』でもヘーゲル『精神現象学』でも起きます。

ここで重要なのは、手に取る本は、以前に読破したのと同じ本であることです。だから、辞書や事典などはむやみに変えるべきではありません。また、その内容を完全に自分の物としたいなら、図書館や他人から借りた本ではなく、自分で購入した自分の私物(蔵書)でなければなりません。

もっとも、私は執筆のための資料として再読することが多いので、いったん赤線が引いてあるページをコピーしてから読むことが多いです。

その場合は、コピーなので赤線部分は黒線部分になっています。そこをさらにピンクの蛍光ペンでなぞり書きしていきます。すると、蛍光ペンで線を引いているだけで、内容が頭にズブズブ入り込んでくるのを実感できます。まさに「ズブズブ」という感覚で、面白いほど、内容を吸収しているのです。これなどはまさに指の運動としての読書なのでしょう。


あなただけの百科事典を作る


赤線を引いたページはコピーして、テーマ別に封筒などに分けて保管しておいてもいいでしょう。実際に私はそうしていますが、この封筒がいざというときに非常に頼りになるのです。

アイデアなどに詰まったときとか、ちょっとしたスピーチとか、会議で何か発言しなければならないような場合など、そのコピー集が絶大な効果を発揮するはずです。

また、その封筒を携えて、通勤や移動のときの電車内など読み返せば、発想のヒントがどんどん湧いてくるでしょう。

私はこの封筒をどんどん充実させていきますから、たとえば「ファンタジー」という封筒であれば、それまでに読んだ何十冊分の大事なところだけが入っているわけです。そこには大百科事典を持ち歩いているのとおなじだけの素材があることになります。

急な講演依頼があったとしても、この封筒を読み返すだけで、いつでも準備が整うわけです。

私のように講演や執筆でなくても、プレゼンであったり、会議であったり、友達との雑談などで日常的に使えることが多いはずです。

線を引かれた箇所というのは、何らかの形であなたの心を揺さぶった内容のものなのです。まったく忘れてしまっていたとしても、その箇所を読み返すだけで、そのときの気持ちまでよみがえってくるものです。

私の場合、前述のとおり、年間700冊は読んでいますが、通しての再読はほとんどなく、きっと10冊程度でしょう。それよりむしろ、赤線のところだけとかコピーした部分を再読とするなら、半分の350冊程度は再読していることになるのではないでしょうか。

2回目の通読は線を引いたとこしか読みません。自分にとって重要なところは、1回目に読んだ自分が選択してチェックしてくれているのですから、余分なところを読む必要はありません。3回目の通読はさらに厳選して、米印をつけているところだけを読む。これが、短時間で1冊を読み返す技術論です。

再読する本は一度では味わい尽くせない本です。古典などは、何度も読み返すことで、そのたびに違った角度から光が当たり、今までに思いもよらなかった果実を与えてくれることがあります。


ぜいたくな再読


最後に補足をしておきましょう。

本当のことを言うと、再読は純粋に楽しい本で行なうことがベストです。いわゆる愛読書というもので、自然と何度も読んでしまう。内容はほとんどわかっているのだけれども、それでも楽しい。私の思う「ぜいたくな読書」です。

子供のころに読んだ本を再読してみてください。幼稚園で先生が読み聞かせてくれた本でも、枕元でお母さんが読んでくれた本でも、小学生のころ放課後の図書館でひとり読みふけった本でもいいでしょう。そこには違う本を読んだみたいな新しい発見が必ずあります。【再発見の具体例いれたい】

『星の王子様』などの童話はすでに読んだことがあります。これを読み返す、こんな幸せはありません。